Digitized Sky Survey I(以後,DSS)は,パロマ天文台(米国)の1.2mシュミット望遠鏡およびサイディングスプリング天文台(オーストラリア)の1.2m UK シュミット望遠鏡によって撮影された写真乾板をスキャナーで取り込みデジタル化した,光学写真のデータベースである1).前者のオリジナル乾板はパロマーチャート(北天),後者はSERC J プレート(南天)の名称で,天文学者の間で広く活用されている.
このDSSは,北天はRバンド,南天はBバンド,銀河中心方向はVバンドというように構成は少々ちぐはぐではあるが,見かけの等級20等という深さで全天を網羅している.「DSSを使って,暗黒星雲の全天探査をやってみないか?」と,東京学芸大学の佐藤文男先生から持ちかけられたのは,同大学に助手として転勤して間もない平成9年末頃のことだった.暗黒星雲のカタログは,これまでに Khavtassi2),Lynds3),およびFeitzinger & Stuewe4)らによって作成されているが,いずれも定性的なもので,暗黒星雲の基本的な物理量である減光量などはカタログされていない.また,暗黒星雲の同定は肉眼で行われたため,見落された暗黒星雲も多い.
DSSを計算機で処理し,暗黒星雲の完全かつ定量的なカタログを作成するというのは,ずいぶん魅力的なアイデアだった.目からウロコが落ちるような思いで,すぐに具体的な計画を練りはじめた.
まずはじめに,DSSのデータから暗黒星雲をどの程度浮かび上がらせることができるか,実験してみることにした.インターネット上で公開されているDSSデータの一部をダウンロードし5),スターカウントと呼ばれる手法を用いて幾つかの暗黒星雲を解析してみた.得られた暗黒星雲の減光量分布図は,既に一酸化炭素の分子輝線観測などで判明している暗黒星雲の分布とうり二つであった.これは行けそうだ,という確かな感触を得た.
しかしながら,研究を本格的に開始する前に,解決しなければならない問題がいくつかあった.最大の問題は計算機の能力であった.DSSに納められているデータは膨大である.特殊な方法を用いて元々のデータの10分の1に圧縮されているが,それでもCD-ROMで101枚にもなる.また,オリジナルの写真乾板1枚分(天空で6°四方)のデータ毎に取り扱わないと,較正やモザイクなど,いろいろと都合が悪い.しかしながら,乾板1枚分のデータといえど,300MBもある.大容量のメモリも必要であった.研究開始当初は,別件の科学研究費補助金で購入した富士通製のワークステーション(S-4/5)を保有していたが,この計算機には4GBのハードディスクと100MB程度のメモリを付けてあるだけだった(ここ1,2年で計算機の能力は格段に向上し,数十GB単位のハードディスクも安く購入できるようになったが,当時の中小大学の一研究室としてはこれが精一杯だった).この問題は,国立天文台の梅本智文さんとの協力のもと,平成10年度国立天文台共同開発研究の支援を得て解決することができた.計画を実現することのできる新しい計算機を購入することができたのである.さらに,この支援のおかげで肝心のデータ(DSSの101枚組のCD-ROM,約60万円)も手に入れることができた.
計算機の設定を整え,写真乾板ごとに星を抜き出し,その積分強度(写真乾板上での黒み)と座標を記録するためのプログラムを開始したのは,平成11年の初め頃であった.佐藤先生からDSS計画の話しを持ちかけられてから既に1年が経過していたが,このプログラムの開発にはさらに半年以上の時間を要した.DSSに使用されているデータは古く,特に北天の写真乾板の中には1950年代前半のものまである.ちょっとやそっとでは修正できない傷も少なくなかった.うまく取り扱えない乾板に出会うたびにプログラムを修正しながら,写真乾板毎に星を抜き出していった.プログラムを完成させ,さらに10ヶ月ほどの時間をかけて約1000枚の写真乾板を処理した.この作業で,DSSに写っている銀緯±40°以内の星(合計5億個以上)の明るさ(積分強度)と位置を,全て記録することができた.
乾板上での積分強度は等級に変換しなければならない.このための較正曲線(積分強度から等級への変換式)は写真乾板毎に異なる.20等付近までの正確な較正曲線を得るためには,全プレートに対して精度の高い測光観測が必要であったが,これは我々の力だけでは実現困難であった.岡山天体物理観測所の柳澤顕史さんに相談して較正用のデータを得るための観測も試みたが,全天を網羅するような深い測光データを短期間に取得することは不可能であった.
どうしようか,と考えていた頃,我々のグループが作成しているのと非常に似た星のカタログが,アメリカ海軍天文台から発表された.USNO-PMMカタログである6).これは,パロマチャートやSERC Jプレートを(DSSとは別に)高感度スキャナーで取り込んでデジタル化したデータをもとに,全天の星の等級と位置を記録したデータベースである.独自の等級較正も試みられており,さらに1つの星に対してRバンドとBバンドの2色分のデータが納められている(DSS I には1つの領域につき1色分のデータしか納められていないが,オリジナルの乾板にはもともと2色以上ある).我々にとって不幸なことに,このUSNO-PMMカタログを用いた幾つかの暗黒星雲の広域地図が発表されてしまった7),8).我々の作業は無駄だったのか? 強力なライバルの出現に,少なからずショックを受けた.USNO-PMMカタログを入手し,丹念に調べてみたところ,暗黒星雲の減光量マップを作成する上でDSSの方が優れている点が幾つか見つかった.USNO-PMMカタログでは,隣接する乾板が重複している領域で,同じ星が乾板毎に合計2度以上記録されているが,どの星がどの乾板から読み取られたものなのかは(利用者には)分からない.同じ星でも座標と等級が乾板毎に微妙に異なるため(誤差),乾板の継ぎ目に当たる部分では星数密度(単位立体角当たりの星の数)や減光量を正確に求めることは難しい.さらに,主に銀河中心方向では等級較正に明らかなエラーが認められたが,ユーザーの立場ではこれを修正する手段はない.一方,我々のDSSのデータは,星のデータの出自(どの乾板の星か?)がハッキリしているため,乾板毎の相対的な較正誤差を修正し,星数密度分布や減光量分布の広域マップを合成するのは遥かに容易である.少なくとも,全天スケールの暗黒星雲マップを高い精度で作成するのには,我々のデータの方が断然有利であることが分かった.
さっそく,北天のRバンドと南天のBバンドの乾板については,このUSNO-PMMカタログをもとにDSSの等級較正を行うことにした.また,主に銀河中心をカバーするVバンドの乾板については,Tycho 2カタログを使って等級較正を行った.この較正作業には,初期の段階からDSS計画に参加していた神鳥亮君(当時学部4年生)が大きく貢献した.
一応の較正作業を終え,写真乾板毎に一定の等級以下の明るさを持つ星の密度分布図を作成することができた.次に,これをB,V,Rそれぞれのバンド毎にモザイクするのだが,乾板毎に系統的な較正誤差があるため,個々に作成した星数密度分布を単純につなぎ合わせる訳にはいかない.相対的な較正が必要である.比較的良く較正できていると考えられる乾板を基準にして,乾板毎の相対誤差を補正していった.1000枚もの乾板をつぎはぎしなければならないので,作業は煩雑を極めた.局所的な相対補正を少し進めて,うまく行っていそうかどうか全体をチェックする.また局所的な作業に戻る,というくり返しである.途中で研究以外の公務や雑務がちょくちょく入り,そのたびに作業を中断しなければならない.やっと作業に立ち戻る時には,どこまで合わせておいたのか良く分からなくなっている.「これは専念する人間が必要だ」と痛感した.そこで,この計画への参加を希望する学生を募集したところ,新4年生の上原隼君が名乗りを挙げた.馬力のありそうな感じの青年だったので,さっそく計画に参加させることにした.彼は1年余りの時間をかけてモザイク作業を完成させ,さらに,減光量マップ作成には欠かせないバックグラウンドの測定(暗黒星雲が存在しない場合の星数密度分布)も遂行した.こうして,3つのバンド毎に広大な減光量マップを作成することができ た.これを1つのマップとして合成し,ついに銀緯±40度以内を完全にカバーする減光量マップ(AVマップ)を完成させることができた.今までにも必要に応じて局所的な減光量マップを数十平方度のスケールで作成したことはあったが,銀河面全体を高い精度で完全に網羅するマップはこの時が初めてだった.平成14年1月のことであった.佐藤先生と最初にDSS計画の話しをしてから,4年以上の月日が経過していた.
いろいろと(紙面や研究上の)都合があるので,ここでは全天マップを細部に至までお見せすることはできない.完全なマップは後日ご披露することにして,本稿では分解能を落とした全体図と銀河中心方向の拡大図を示す(図1).
平成14年3月現在,得られたマップをもとに暗黒星雲のカタログ化を急ピッチで行っている.どのような減光量の分布を1つの暗黒星雲とするか?という取り決め方(criteria)を模索しながら作業を続けている.この作業は,例えば,等高線だけで描かれた世界地図の中で山や平野を探し,名前を付けたり高さや広さを読み取ったりして記録するようなものである.山脈のうちどの塊を「1つの山」として名前を付けるのかは趣味の問題であるが,地図帳を作る時には山の高さや位置を記述した索引を設けたいのが人情である.この「索引作り」は意外と煩雑なのだが,平成14年のうちに全ての作業を完了し,「索引付きの暗黒星雲チャート」として研究をまとめたい.研究が一段落した時には,天文月報の読者の皆さんにも改めてお知らせする.
最後に,研究成果の教育への転用について簡単にご紹介する.この研究で得られた暗黒星雲のマップには神秘的な自然の美しさを感じさせるものがある,と感じた.実際に一般的な科学教材としても充分に通用しそうであった.そこで,ミノルタプラネタリウム株式会社の北畠一範さんの協力を得て,プラネタリウム用の映像として活用することにした9).また,電気通信普及財団からの支援を受けつつ,研究方法や結果の一部をアレンジしてインターネットで活用できる暗黒星雲の教材を作成し,このDSS計画に貢献した2人の学生さんらに教育論文としてまとめさせた10),11).一連の教育活動は,我々のホームページ(http://astro.u-gakugei.ac.jp)でも紹介しているので,ご覧頂きたい.
DSSを利用した暗黒星雲の探査計画には,平成10・11年度国立天文台共同開発研究および平成12年度電気通信普及財団助成からの経済的なご支援を受けました.この場をお借りして,お礼を申し上げます.また,暗黒星雲の教材開発に関しては,新たに文部省科学研究費補助金(14022214)からの援助を受けることになりました.きれいな暗黒星雲の映像をホームページ上で公開してゆきますので,ご期待ください.

図1 DSSを利用して作成した暗黒星雲の地図.グレースケールは減光量を表す(黒い部分が暗黒星雲).上の図は銀河面全体での暗黒星雲の分布で,下の図は銀河中心方向の拡大図である.上の図と下の図の分解能は,それぞれ20'と6'である.
参考文献
1)Lasker B. M., 1994, BAAS 184, 3501
2)Khavtassi J. Sh., 1955, Bull. Abastumani Obs. No. 18
3)Lynds B. T., 1962, ApJS 7,1
4)Feitzinger J. V., Stuewe J. A., 1984, A&AS 58, 365
5)http://www-gsss.stsci.edu/Dss/dss_home.htm
6)Monet D., 1996, BAAS 188, 5404 アップデート版(USNO-A2.0)は1998年7月に発表された.
7)Cambr市y L., 1999, A&A 345, 965
8)Cambr市y L., 1999, in the proceedings of Star Formation 1999, ed. T. Nakamoto (Nagoya: Nobeyama Radio Observatory), p.90
9)北畠一範,2002,天文月報,95,282
10)神鳥 亮,土橋一仁,上原 隼,佐藤文男 2001,地学教育,54,61
11)上原 隼,土橋一仁,神鳥 亮,佐藤文男 2002,地学教育,55,13
The All-Sky Atlas of Dark Clouds Using the Digitized Sky Survey I
Kazuhito Dobashi
Department of Astronomy and Earth Sciences, Tokyo Gakugei University, Koganei, Tokyo 184-8501
Abstract: For these a few years, we have been conducting an all sky survey for dark clouds using the optical data base "the Digitized Sky Survey I" (DSS). We recently completed an extensive extinction map covering the entire galactic plane, and now we are compiling all of the dark clouds found in the map. In this article, we introduce our project itself and the methods to produce the extinction map.